ボビー・コールドウェル (Bobby Cordwell 1951.8.15~2023.3.13)
この名を聞けば、あの変に高揚した、そのくせどこか退廃的にも感じていた1980年代を思い出す。
鉄板焼のお店で食事を終え、外に出てみると雨が降っている。
そう、季節はまさに今頃だったと思う。
雨に濡れた歩道に街の明かりが溶け出して、それはまるでぼんやりとした背徳感への誘いのようだ。
傘を持たずに出かけた僕らは暫し思案に暮れる。
お目当てのBarまでは少し距離があるが、タクシーを呼ぶほどでもない。
いや、そもそもあの時代、流しのタクシーに乗り込むこと自体が困難だったのだ。
意を決した僕は歩き始める。
と、突然隣を歩く彼女が彼女の着ていたトレンチコートを僕の頭に被せ、そして彼女自身もそのコートの下に潜り込んできた。
13歳の初夏に初めて経験した相合い傘よりも、もっと濃密で甘い空間が存在することを僕は初めて知った。
そしてそのお目当てのBarに着くと彼女が呟く。
「もう少し遠くても良かったね」
まるでドラマのようなワンシーン。
Barのドアを開けると、静かにこの曲が流れていた。
彼女が濡れたコートを壁のコート掛けに掛ける後ろ姿を、僕は今も鮮明に覚えている。
あの甘く切ない、僅か数分の空間と共に。
合掌。