2023/03/28

What You Won't Do for Love

 ボビー・コールドウェル (Bobby Cordwell 1951.8.15~2023.3.13)


この名を聞けば、あの変に高揚した、そのくせどこか退廃的にも感じていた1980年代を思い出す。












鉄板焼のお店で食事を終え、外に出てみると雨が降っている。

そう、季節はまさに今頃だったと思う。

雨に濡れた歩道に街の明かりが溶け出して、それはまるでぼんやりとした背徳感への誘いのようだ。

傘を持たずに出かけた僕らは暫し思案に暮れる。

お目当てのBarまでは少し距離があるが、タクシーを呼ぶほどでもない。

いや、そもそもあの時代、流しのタクシーに乗り込むこと自体が困難だったのだ。


意を決した僕は歩き始める。

と、突然隣を歩く彼女が彼女の着ていたトレンチコートを僕の頭に被せ、そして彼女自身もそのコートの下に潜り込んできた。

13歳の初夏に初めて経験した相合い傘よりも、もっと濃密で甘い空間が存在することを僕は初めて知った。


そしてそのお目当てのBarに着くと彼女が呟く。


「もう少し遠くても良かったね」


まるでドラマのようなワンシーン。



Barのドアを開けると、静かにこの曲が流れていた。

彼女が濡れたコートを壁のコート掛けに掛ける後ろ姿を、僕は今も鮮明に覚えている。

あの甘く切ない、僅か数分の空間と共に。




合掌。