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2019/03/17

YOUNG MUSIC SHOW

今は幸せな時代だ。
好きなミュージシャンの姿は、DVDを買えば見ることが出来る。
いやそれどころかYouTubeを見れば、それこそ莫大な数の動画を見ることが出来る。
中にはお宝と言ってもいいような動画もある。

僕らが音楽を始めた頃、演奏してる憧れのミュージシャンの姿などを見る事はまず無理だった。
せいぜい音楽雑誌のグラビアに載っている姿を見るのが関の山だったのだ。
もちろん当時中学生の僕には、外タレのコンサートに行けるようなお小遣いは持っていなかった。

が、そんな僕らにも時として実際に彼らがプレイしている姿を見ることが出来る日があったのだ。
それが1971年から1981年にかけてNHKが放映した「ヤングミュージックショー」
MTVさえまだなかった時代なので、この番組は僕らにとってまさしく神様的な存在だったのだ。


僕が始めてこの番組を見たのは、確か「EL&P」の時。
キース・エマーソンがオルガンにナイフを刺し、上に飛び乗るプレイを鮮明に覚えている。

調べてみると、全部で40回放映されたらしい。
以下に放映リストを載せてみる。どれだけ見ることが出来たのだろうか。


【NHKヤング・ミュージック・ショー放映リスト 1971/10~1979/3】
01 1971/10/24 クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル
02 1972/07/05 ローリング・ストーンズ(69/7/5ロンドン・ハイド・パーク)
03 1972/05/07 クリーム(68/11/26ロイヤル・アルバート・ホール)
04 1972/08/25 スーパーショウ(69/3ステーヴン・スティルス、バディ・ガイ、レッド・ツェッペリン、エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、MJQ、ローランド・カーク他)
05 1972/10/08 エマーソン・レイク&パーマー
06 1973/03/17 ピンク・フロイド(71/10ライブ・アット・ポンペイ)
07 1973/03/18 リンディスファーン(73/02/13NHKスタジオ)前座ジプシーブラッド
08 1973/08/05 レオン・ラッセル&ヒズ・ビューティフル・フレンズ(71米国TVスタジオライヴ)
09 1973/10/20 エルトン・ジョン(ロンドン・フェスティバル・ホール)
10 1973/12/22 キャット・スティヴンスとディープ・パープル(スタジオ・ライヴ)
11 1974/08/04 エマーソン・レイク&パーマー(展覧会の絵コンサート)
12 1974/10/12 ロッド・スチュワート&フェイセス(英国エドモント公演)
13 1974/12/31 スリー・ドッグ・ナイト(クィーン・メリー号でのコンサート)
14 1975/03/15 ローリング・ストーンズ(ヴィデオ・クリップ集)
15 1975/05/10 ストローブス(75/4/14NHKスタジオ)
16 1975/08/30 モンタレー・ポップ・フェスティバル’67 解説:渋谷陽一
17 1975/10/04 シカゴ、ウェット・ウィリー、マーシャル・タッカー・バンド、オールマン・ブラザース・バンド
18 1975/12/21 リック・ウェイクマン(ヘンリー8世氷上ショー)
19 1976/05/05 ベイ・シティ・ローラーズ
20 1976/06/20 イエス(76/7ロンドン・クィーンズ・パーク公演)
21 1976/08/28 スーパー・トランプ(76/5/26NHK101スタジオ)
22 1976/10/09 ロッド・スチュワート&フェイセズ(74/12/23ロイヤル・アルバート・ホール)
23 1976/12/30 フリートウッド・マック、ロキシー・ミュージック(スウェーデン放送制作)
24 1976/12/19 ベイ・シティ・ローラーズ(76/12/19NHK101スタジオ)
25 1977/03/12 ローリング・ストーンズ(76/6パリ・アパトワール)
26 1977/05/07 キッス(77/04/02武道館)
27 1977/08/06 バスターとピーター・フランプトン
28 1977/09/10 ブライアン・フェリー(77/6/9NHK101スタジオ)
29 1977/07/08 グレッグ・オールマン(77/7/8NHKスタジオ)
30 1977/12/24 サンタナ
31 1978/01/02 パット・マグリン(NHKスタジオ)
32 1978/03/11 ボブ・マーリィ&ザ・ウェイラーズ(77/7/5レインボーシアター)
33 1977/12/05 フリートウッド・マック(77/12/5武道館)
34 1978/05/05 ロッド・スチュワート(76/12/24ロンドン・オリンピア)
35 1978/05/06 エレクトリック・ライト・オーケストラ
36 1978/08/05 レインボー(ミュンヘン・オリンピア・ホール)
37 1978/08/27 チープ・トリック、E.W&F
38 1978/09/02 ドゥービー・ブラザーズ(76サンフランシスコ・カウパレス)
39 1978/10/01 グラハム・パーカー(78/10/1NHK101スタジオ)
40 1979/03/26 デヴィッド・ボウイ(78/12/12NHKホール)

と、こんな風に並べてみると、見ていない方が多いじゃないか!
これ、DVD化される事はないのだろうか。
版権の関係で難しいのかな。
 

2019/02/24

April, come she will

こんな季節にぴったり!
サイモン&ガーファンクルの「4月になれば彼女は」
1967年の映画『卒業』の中に使われている。

この曲、実はお別れの曲なんだよね。
4月になったら彼女はやってきて、5月は僕の隣で過ごすんだけど
6月には早くも心変わりをし始め、7月には去っていくという、何とも移り気な女の話。
9月には思い切り思い出に浸っているし・・・( ´Д⊂

 April Come She Will / Simon & Garfunkel

2019/02/05

We're all alone

CSのMUSIC AIRでオンエア中。

ドナルド・フェイゲン、ボズ・スキャッグス、マイケル・マクドナルドの3人によるコンサート『Live 2016』
僕の70年代後半から80年代前半を彩ってくれたお三方。
どの曲にもあの頃の、あの風景が目に浮かぶ。


70年代も終わりになろうかという年の暮れ。
街がやがて迎えるバブルの熱気をそろそろ漂わせ始めていた頃だ。

僕はお目当ての女の子と飲んでいた。
彼女はBA-TSUという名のDCブランド・ショップで働く、所謂ハウスマヌカンと呼ばれたワンレグでいい匂いのする女の子だった。

1軒目は食事を兼ねた居酒屋。
2軒目は当時流行り始めていたプールバー。
そこでひとしきり球を撞いたあと、もう少し飲もうかと言う話になった。

紫煙に煙る店内の壁掛け時計はそろそろ午前0時を指そうかとしている。

表に出ると、細やかな雨。
彼女は粗い綿のロングコートを徐に脱ぐと、僕と彼女の頭からすっぽりと被せた。
コートの中の世界は彼女の甘い香りでいっぱいだ。

雨に光る夜の歩道を僕らはゆっくりと歩いた。
いつまでもこの時間が続けばいい、この甘い香りと彼女の体温を感じていたい。

そんな僕のささやかな願いも虚しく、行きつけのショットバーのネオンが目に入る。

暖房が程よく効いた店内で彼女は濡れたコートを壁にかける。
僕は自分のために「バーボン・ソーダ」
そして彼女のために「ジン・トニック」を頼み、古びたカウンターのスツールの腰掛ける。

彼女が隣にそっと座り、小さな声で「乾杯」と呟いたまさしくその時に事件は起こった。


僕がカウンターに置いていたポケットベルがピ・ピ・ピ・・・・と鳴り始めたのだ。
彼女がちらりと横目でそれを見る。

そのポケベルのディスプレイには


「3341」


その日を最後に、彼女とは一度も逢っていない。

We're All Alone / Boz Scaggs









2019/02/03

Rainy Day

雨は優しい。
憎しみや怒りも
しずかに静かに包み込んでくれる。

醜い嫉妬心や羨望
そんなものさえも包み込む。

ひとり
雨音を聴いていると

「大丈夫だよ」

そう言ってくれているような気がする。





Rain, Rain, Rain/Simon Butterfly

2019/01/31

Alone again Naturally

『お願い、これ以上優しくしないで・・・』

これは、僕が18歳の頃に付き合ってた娘に振られた時の言葉(笑)

この世には基本的にはオトコとオンナしかいない。
一部マイノリティな方々もいるのだろうが、そんな方達も心はどっちかのはずだ。

当然、それだけのオトコとオンナのドラマが存在する。

大体において、オトコは過去を大切にする。
オンナは今が全てだ。そして確たる未来を欲しがる。

僕らが大切にしている想い出を、「え?そんな事あったっけ?」の一言で片付けられてしまうのも良くある事例のひとつだろう(笑)

いずれにしても、オトコとオンナは恋に落ち、そして悲喜交々に同じ時を過ごす。

春に出会い、夏に燃え上がり、秋は親密さに酔い、そして降りしきる雪の中で彼女の背中を見送る。

そんな二人のシーズンに必ず聴こえていた曲がある。
その折々に流れていたあの曲。
カーラジオから
ふと立ち止まった街角で
灯を消したあの部屋で・・・


Alone again Naturally  /  Gilbert O'Sullivan

2019/01/30

Chet Baker

雨降りの月曜日の朝に、彼の歌声を聴くと、必ず仕事に行きたくなくなる。
それほどに彼の声は怠惰に満ちていた。
80年代が、青い空と、海と、サーフボードに満ち満ちていた時、その裏面に彼がいつもいた。
薄暗いショットバーに、彼の歌声とペットの音が良く似合った。
彼の破滅的な生き方が、妙に軽薄で明るすぎる80年代の空気になぜか似合っていた。

1988年5月13日、チェットはオランダアムステルダムのホテルの窓から空へと飛び立つ。

その日以来、僕を仕事に行かせなくなる程のミュージシャンは現れていない。

Heart of Mine

Boz Scaggsを聴くと、あの混沌としていた頃を思い出す。
視界がいいのか悪いのか、夢を見ているのか現実の淵を歩いているのか。
愛しているのか愛されているのか。

そして、あの頃の僕は誰だったのか。

2017/09/08

Alone again Naturally

『お願い、これ以上優しくしないで・・・』

これは、僕が18歳の頃に付き合ってた娘に振られた時の言葉(笑)

この世には基本的にはオトコとオンナしかいない。
一部マイノリティな方々もいるのだろうが、そんな方達も心はどっちかのはずだ。

当然、それだけのオトコとオンナのドラマが存在する。

大体において、オトコは過去を大切にする。
オンナは今が全てだ。そして確たる未来を欲しがる。

僕らが大切にしている想い出を、「え?そんな事あったっけ?」の一言で片付けられてしまうのも良くある事例のひとつだろう(笑)

いずれにしても、オトコとオンナは恋に落ち、そして悲喜交々に同じ時を過ごす。

春に出会い、夏に燃え上がり、秋は親密さに酔い、そして降りしきる雪の中で彼女の背中を見送る。

そんな二人のシーズンに必ず聴こえていた曲がある。
その折々に流れていたあの曲。
カーラジオから
ふと立ち止まった街角で
灯を消したあの部屋で・・・

2017/05/01

Chet Baker

雨降りの月曜日の朝に、彼の歌声を聴くと、必ず仕事に行きたくなくなる。
それほどに彼の声は怠惰に満ちていた。
80年代が、青い空と、海と、サーフボードに満ち満ちていた時、その裏面に彼がいつもいた。
薄暗いショットバーに、彼の歌声とペットの音が良く似合った。
かれの破滅的な生き方が、妙に軽薄で明るすぎる80年代の空気になぜか似合っていた。

1988年5月13日、チェットはオランダアムステルダムのホテルの窓から転落して死亡した。

その日以来、僕を仕事に行かせなくなる程のミュージシャンは現れていない。


2017/04/02

Songs

深夜、BSデジタルの民放で「音楽のある風景」という通販番組をオンエアしている。

何を隠そう、実は僕はこの通販番組が好きなのだ。

所謂オムニバスのCD-BOXとかDVD-BOXの通販なのだが
その内容は意外に幅広い。
フォークからニューミュージック、クラシックから洋楽、或いはヒーリング系やRock系。

特に「あの頃系」の企画モノはバックに当時の映像が流れるので、見ていて思わずタイムスリップしそうになってしまう。
深夜、アルコールがすでに頭に廻りつつある僕は至極単純なのだ。

この手のオムニバスアルバムを聞くといつも思うのだが、俗にいう「名曲」というヤツはいつまでたっても「名曲」なんだなぁ、という事。


話が少し逸れるが、うちの義母が良く「最近の音楽は良く分からん」とぼやく。
曰く「歌詞が何を言ってるのか分からない、取敢えず音がでかい、やたら大声で叫ぶ・・・等々」
そんな時、僕はいつも彼女にこう言う。
「でもね、ばあちゃん。ばあちゃんが若い頃好きで聴いてたルイ・アームストロング。周りの大人はみんな眉を顰めてただろ。それと一緒だよ」

そう、いつの時代も「それぞれの世代」に「それぞれの音楽」「それぞれの名曲」があるのだ。

2017/03/02

Hum,Hum,Hum

「鼻歌」
まぁ何とも言い得て妙な表現ではないか。

若い頃ほどではないが、僕は良く鼻歌を口遊んでいる。
気づけばいつも歌っている感じだ。
そして歌う曲はいつも決まっている。
それはスティービー・ワンダーの『心の愛(I Just Called to Say I Love You)』
別にこの曲が特別好きという訳でもないのだが、なぜかしら僕の鼻歌は決まってこの曲なのだ。
しかも必ずサビの部分を繰り返し歌っている。その理由は僕にも良く分からない。
尤も、この曲が世に出たのが1984年だから、それ以前は違う曲を口ずさんでいたはずなのだが、その記憶はトンとない。
いずれにしても、1984年以降、僕の口遊む鼻歌はこの曲に決定してしまっているのだ。

人はどんな時に鼻歌を口遊んでいるのだろうか。
想像出来るのは、ご機嫌で何か手作業をしている時とか、料理をしている時。
或いは自動車や自転車を運転している時だろうか。
鼻歌を口遊んでいる人を見ると、やはりどこかご機嫌さんな印象を受ける。
それは、機嫌が良かったり良い事があったりすると、やはり心が高揚し、無意識のうちに鼻歌を口遊んでしまうのだろう。
しかし、家人に言わせると、僕が鼻歌を歌っている時は、機嫌がいい時よりも寧ろ退屈している時なのだそうである。
そう言われてみると、確かにそんな気がする。
機嫌の良し悪しに拘わらず、どちらかという手持ち無沙汰な時に「♪アイ・ジャスト・コ~ル」とやっているようだ。


2017/02/26

Closs Load

ロバート・ジョンソンはミシシッピー州デルタ地帯のどこかのCloss Loadに立っていた。
信号も何も無い、田舎の四ツ辻だ。
戻るか、右に行くか左に行くか。
或いは真っ直ぐ進むのか。
そう、その道を真っ直ぐ行けば、それはシカゴへ、ニューヨークへと続いている。

結果的に彼はそのCloss Loadを真っ直ぐに歩いた。
そして、南部デルタの一地方の音楽であったブルースを都会へ運んだのだ。
ジューク・ジョイントと呼ばれる安酒場で毎晩歌い、街一番のブスを選んでは彼女の家へ転がり込む日々。
出産時の事故で妻と子を亡くし、母親の不倫の末に生まれた彼に失う物は何もなかった。
毎晩のように酒と女に爛れた日々を過ごし、そしてギターを弾き歌うことだけが彼の生きるすべだったのだ。

しかし彼はそれだけでは終わらない。
酒と女に溺れながらも、その合間に他のミュージシャンのプレイを聴くことを忘れていなかった。
そして一度聴いたプレイを、彼はその場で弾くことが出来たと言われている。
そんなロバート・ジョンソンを、チャーリー・パットン、サン・ハウス、ウィリー・ブラウンら先輩ブルースマンは驚きの思いで故郷へ迎えた。
ミシシッピーを出発だった時よりも、明らかに数ランク上に上手くなっていたのである。
そのせいで彼は悪魔と契約した、とまことしなやかに囁かれるようになる。
テクニックや感性と引換に、魂を悪魔に売ったとされたのだ。

そしてその契約場所もCloss Loadだったと言われている。

彼はその悪魔との契約どおりに27歳の若さで生涯を閉じた。
いつものように酒場の女を口説いたのだが、運悪くその女はそこの酒場の主人の妻だった。
彼は怒ったその主人に毒を盛られたのだ。
恙無く契約は実行されたのである。
その契約の中には「ブルースを世界に拡める」という項目もきっと入っていたのだろう。
結果、彼がミシシッピーから持ち出したブルースは世界を圧巻する事となるのだ。



さて、人は一生の間に何度かCross roadに立つ。
四ツ辻の真ん中に立ち、暫し進む先を考える事もあるし、通りすぎてしまってから気づく事もある。
戻るか行くか、或いは道を逸れるか。
その先にあるものは誰にも分からないのだ。

写真は我が家から南へ5分ほど歩いた所にあるCloseLoad。
僕は時々ここに立ち、往きし日々に思いを馳せる。