年度末のこの忙しい折に、何をトチ狂ったのか1954年に制作・公開された初代ゴジラと、2016年のシン・ゴジラを観比べてみた。
1958年生まれの僕にとって、もちろん初代ゴジラは追体験だ。
確か6歳の頃の年末だったと思う。
白黒フィルムの中で吠え、暴れるゴジラはそれはそれは怖い代物だった。
戦争の傷跡が未だ癒えていない1954年。
この映画にもその戦争の暗い色が色濃く投影されている。
東京湾にゴジラが上陸し、人々が逃げ惑う姿は太平洋戦争末期の日本各地での空襲そのものの姿であっただろうし、ゴジラによって母親を亡くした幼い少女の慟哭はあの戦争の時代の象徴でもあったのだろう。
そして何よりも核に対する警鐘がこの初代ゴジラの大きな特徴だ。
当時社会問題となっていたビキニ暗礁の核実験に着想を得て制作された初代ゴジラは「核の落し子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれていた。
2022/03/23
2019/12/15
2019/12/12
Alexa
我が家にAlexaがやってきた。
はい、Amazonのサイバーマンデーに見事に釣られたのでございます。
「Alexa、今日のニュース聞かせて」
「Alexa、クリスマスミュージックかけて」
「Alexa、明日の天気は?」
AppleのSiriと同じく、彼女は律儀にリクエストに応えてくれる。
時に意味不明のアクションを起こすのはご愛嬌か。
でね、85歳のうちのばーちゃんに使い方を教えたの。
ばーちゃんジャズ好きだから、「Alexa、ルイ・アームストロングかけて」と声をかけたら聴かせてくれるよと教えたの。
で、いよいよばーちゃんAlexa初体験!
「枯れ草!、ルイ・アームストロングかけて」
はい、Amazonのサイバーマンデーに見事に釣られたのでございます。
「Alexa、今日のニュース聞かせて」
「Alexa、クリスマスミュージックかけて」
「Alexa、明日の天気は?」
AppleのSiriと同じく、彼女は律儀にリクエストに応えてくれる。
時に意味不明のアクションを起こすのはご愛嬌か。
でね、85歳のうちのばーちゃんに使い方を教えたの。
ばーちゃんジャズ好きだから、「Alexa、ルイ・アームストロングかけて」と声をかけたら聴かせてくれるよと教えたの。
で、いよいよばーちゃんAlexa初体験!
「枯れ草!、ルイ・アームストロングかけて」
2019/12/01
2019/11/10
給食
子供の頃の給食。
どちらかと言えば、僕は苦手な方だった。
太平洋戦争前後の食糧難の時代を過ごされた方から言えば、何を贅沢を言っているんだ!とお叱りを受けるだろう。
が、僕らの育った世代。
少なくとも飢えていたという記憶はない。
かと言って食卓に並ぶ素朴なおかずに文句を言える年代でもない。
その反動だろうか。
今の僕は食に対してかなりわがままだ。
食べたいものを食べたいときに食べる。
ある意味迷惑至極な人なのだ。
話が逸れた。
給食に話を戻そう。
いつだったかな。
仕事で広島県の何とかという田舎町を車で通過していた。
そこでふと目に止まった廃校。
普通、廃校というやつはひと目で廃校と分かる雰囲気を醸し出している。
嘗て子どもたちの歓声が響いていたであろうその校庭と校舎は、「役目を終えたもの」としてその存在感を静かに誇示しているようなものなのだが、ここの廃校は少し違っていた。
「給食やってます!」
と書いた幟が校門のはためいているのだ。
好奇心の強い慈恩君。
この機会を逃すはずはない。
校庭に車を駐め、正面玄関を入るとこんな風景が出迎えてくれた。
1960年代を下落合で過ごした僕の覚えている学校とは少し違っている。
あの時代、新宿は爆発的な人口増加と東京オリンピックに伴う再開発で、僕の通う小学校も木造校舎が次々に取り壊され、新たにコンクリート作りの校舎がさほど広くもない校庭を侵食し始めていた。
4,000人近い児童が通う小学校は情緒というものには程遠いものだったのだ。
こんな山の学校に通ってみたかったとふと思った。
濃密な人間関係が構築されていたであろう小さな学校。
親も子どもたちも誰もが顔なじみの極小のCommunity。
・・・息苦しいような気もするな(笑)
さて、給食である。
給食セット、税込み1,080円(増税前)
カレー、鯨の竜田揚げ、揚げパン、サラダ、冷凍みかん、脱脂粉乳というラインナップ。
まぁ王道だな。
と言うかどれも美味すぎだった。
懐かしいというよりも美味いの方が先に立ってしまう。
鬼門の脱脂粉乳も、あの少し茶色がかった膜の張っていた最強に不味いやつではなく、普通にスキムミルクだった。
例えば、奇をてらってあの時代の給食にあったように、春雨の酢の物に食パンという訳の分からない組み合わせをメニューに加えたらどうだろう。
今だったら、その酢の物で一杯やるのだろうか。
で、食パンはお持ち帰りにしてバックの底でガビガビに(笑)
それでも懐かしい味に満足した僕の目にふと止まった古い足踏みオルガン。
Deep Purpleの"StrangeWoman"のイントロを片手でなぞってみたのだが
案の定音の出ない鍵盤がある。
F2、B1、C2・・・
それはこの学校に通っていた子どもたちの、まさしく「今」を表しているのかも知れない。
一人欠け、二人欠け、そしていつかは全ての鍵盤は鳴らなくなってしまうのだ。
どちらかと言えば、僕は苦手な方だった。
太平洋戦争前後の食糧難の時代を過ごされた方から言えば、何を贅沢を言っているんだ!とお叱りを受けるだろう。
が、僕らの育った世代。
少なくとも飢えていたという記憶はない。
かと言って食卓に並ぶ素朴なおかずに文句を言える年代でもない。
その反動だろうか。
今の僕は食に対してかなりわがままだ。
食べたいものを食べたいときに食べる。
ある意味迷惑至極な人なのだ。
話が逸れた。
給食に話を戻そう。
いつだったかな。
仕事で広島県の何とかという田舎町を車で通過していた。
そこでふと目に止まった廃校。
普通、廃校というやつはひと目で廃校と分かる雰囲気を醸し出している。
嘗て子どもたちの歓声が響いていたであろうその校庭と校舎は、「役目を終えたもの」としてその存在感を静かに誇示しているようなものなのだが、ここの廃校は少し違っていた。
「給食やってます!」
と書いた幟が校門のはためいているのだ。
好奇心の強い慈恩君。
この機会を逃すはずはない。
校庭に車を駐め、正面玄関を入るとこんな風景が出迎えてくれた。
1960年代を下落合で過ごした僕の覚えている学校とは少し違っている。
あの時代、新宿は爆発的な人口増加と東京オリンピックに伴う再開発で、僕の通う小学校も木造校舎が次々に取り壊され、新たにコンクリート作りの校舎がさほど広くもない校庭を侵食し始めていた。
4,000人近い児童が通う小学校は情緒というものには程遠いものだったのだ。
こんな山の学校に通ってみたかったとふと思った。
濃密な人間関係が構築されていたであろう小さな学校。
親も子どもたちも誰もが顔なじみの極小のCommunity。
・・・息苦しいような気もするな(笑)
さて、給食である。
給食セット、税込み1,080円(増税前)
カレー、鯨の竜田揚げ、揚げパン、サラダ、冷凍みかん、脱脂粉乳というラインナップ。
まぁ王道だな。
と言うかどれも美味すぎだった。
懐かしいというよりも美味いの方が先に立ってしまう。
鬼門の脱脂粉乳も、あの少し茶色がかった膜の張っていた最強に不味いやつではなく、普通にスキムミルクだった。
例えば、奇をてらってあの時代の給食にあったように、春雨の酢の物に食パンという訳の分からない組み合わせをメニューに加えたらどうだろう。
今だったら、その酢の物で一杯やるのだろうか。
で、食パンはお持ち帰りにしてバックの底でガビガビに(笑)
それでも懐かしい味に満足した僕の目にふと止まった古い足踏みオルガン。
Deep Purpleの"StrangeWoman"のイントロを片手でなぞってみたのだが
案の定音の出ない鍵盤がある。
F2、B1、C2・・・
それはこの学校に通っていた子どもたちの、まさしく「今」を表しているのかも知れない。
一人欠け、二人欠け、そしていつかは全ての鍵盤は鳴らなくなってしまうのだ。
2019/10/06
The Intern
The Intern(邦題:マイ・インターン)2015年公開 アメリカ映画
監督・脚本・制作:ナンシー・マイヤーズ
主演:ロバート・デ・ニーロ・アン・ハサウェイ
昨夜、地上波でオンエアしていたのを観た。
「プラダの悪魔」は素晴らしい作品だったが、この作品に関してはとても心が暖かくなる映画としか予備知識がなかった。
で、結論から言えば、まさしく心が暖かくなる映画だった(笑)
仕事モノを装いながら、その実は年齢差のある男女の恋愛映画。
とは言ってもそこらに良くある恋愛映画ではない。
ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイという意外性のあるふたりの共演がなんともいい。
この作品の評判自体はさほど高くはない。
その低評価の大半は「上司が女性で部下が男性という時流に即したテーマを十分に掘り下げることができていない。」というものだ。
それはまぁ確かにそうなのだが、それは仕事がテーマとして観た場合なのだろう。
反して恋愛映画として観ればこれほど上質な映画はない。
映画の後半、二人で観た映画の台詞「君は僕の運命の人」「君は天使からの贈り物」
ロバート・デ・ニーロも泣いていたが、僕も泣いた。
僕もあんな風に歳を重ねたいなと願う。
穏やかで、知的で、すべてを包み込む包容力。
そんな老人に僕もなりたい。
監督・脚本・制作:ナンシー・マイヤーズ
主演:ロバート・デ・ニーロ・アン・ハサウェイ
昨夜、地上波でオンエアしていたのを観た。
「プラダの悪魔」は素晴らしい作品だったが、この作品に関してはとても心が暖かくなる映画としか予備知識がなかった。
で、結論から言えば、まさしく心が暖かくなる映画だった(笑)
仕事モノを装いながら、その実は年齢差のある男女の恋愛映画。
とは言ってもそこらに良くある恋愛映画ではない。
ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイという意外性のあるふたりの共演がなんともいい。
この作品の評判自体はさほど高くはない。
その低評価の大半は「上司が女性で部下が男性という時流に即したテーマを十分に掘り下げることができていない。」というものだ。
それはまぁ確かにそうなのだが、それは仕事がテーマとして観た場合なのだろう。
反して恋愛映画として観ればこれほど上質な映画はない。
映画の後半、二人で観た映画の台詞「君は僕の運命の人」「君は天使からの贈り物」
ロバート・デ・ニーロも泣いていたが、僕も泣いた。
僕もあんな風に歳を重ねたいなと願う。
穏やかで、知的で、すべてを包み込む包容力。
そんな老人に僕もなりたい。
2019/09/29
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