2017/06/18

Line

過去は曲線

未来は直線

ふたつの線が絡みあうさまは美しい

それこそが人生


2017/05/15

Good-by Yellow Brick Road

夕方、オランダ通りを歩いた。

エルトン・ジョンではないが、「黄昏のレンガ道(Yellow Brick Road)」は素敵だ。
道行く人たちは少しの疲労感と、そして「拘束」からの僅かな開放感を表情に漂わせながら歩いている。

通り沿いにあるビストロの窓からは、幸せそうな恋人達の笑顔が見てとれる。
スクランブル交差点の角で、所在なさげに立っている彼女は未だ来ない恋人を待っているのだろう。

そんな時間の街が好きなのだ。


2017/05/07

Love & Peace

1969年8月。
アメリカはニューヨーク州サリバン郡で行われた"Woodstock Music and Art Festival"

1969年と言えば僕は11歳。
こんなフェスティバルが行われた事など露ほども知らない子供だった。
まだ半ズボンをはいて外を飛び回っていた頃だ。

この愛と平和の祭典が行われた事を知ったのは中学に入ってから。
洋楽に興味を持ち始め、ミュージックライフを読んで知ったのだ。

そしてちょうどその頃・・・神楽坂に開館したばかりのギンレイホールにウッドストックの映画がやってきた。
記憶は曖昧なのだが、確かその頃だと記憶している。

同時上映はなんだったっけ。
イージーライダー?

いや、そんな事はどうでもいいのだが
とにかく僕はそのドキュメンタリーフィルムを見ていたく感激したのだ。

なかでも"Sly & The Family Stone"の『Higher』
そして"Joe Cocker"の『With A Little Help From My Friends』
この2曲はその後も僕の中で特別な存在であり続けたほどだ。

もちろん言うまでもなく他のアーティストも素晴らしかった。
が、何と言っても僕が憧れたのは、あのヒッピームーブメントの自由さ。

まだ純粋だった僕は、音楽で世界が「Love & Peace」に包まれると確信したのだ(笑)

その時以来、僕は野外コンサートに憧れる月日を過ごす。
いつか青空の下で「愛と平和の祭典」を経験してみたかったのだ。

しかし、その機会を得るには、それから約5年を要する。

高校3年の夏休み。
オールナイトロックコンサートが行われた。
今となっては誰が主催者で、他に誰が出てて、自分のバンドが何を演ったのかも覚えていないが、とにかく進行がグダグダだったのは良く覚えている。
何だかビールと西瓜はやたら豊富に用意されていたような記憶もある(笑)

とにかく僕の憧れていた「愛と平和の祭典」とは程遠いものだった。

あ、ひとつだけ鮮明に覚えてることがある。
僕はひとり海岸に腰掛けビールを飲みながら、当時付き合っていた彼女の事を想っていた。
彼女にこの沈み行く夕陽を見せてあげたいとぼんやり考えていたのだ。

本番もそれ以外も殆ど覚えていないグダグダの野外コンサートの中で、そのシーンだけが妙にリアルだ。
そしてそれは生々しいリアルさではなく、ほんのりとセピア色のリアルさ。
僕はあの頃の「僕の後姿」を記憶にとどめている。
それはまるで古いアルバムに貼ってある1枚の写真のようだ。


2017/05/01

Chet Baker

雨降りの月曜日の朝に、彼の歌声を聴くと、必ず仕事に行きたくなくなる。
それほどに彼の声は怠惰に満ちていた。
80年代が、青い空と、海と、サーフボードに満ち満ちていた時、その裏面に彼がいつもいた。
薄暗いショットバーに、彼の歌声とペットの音が良く似合った。
かれの破滅的な生き方が、妙に軽薄で明るすぎる80年代の空気になぜか似合っていた。

1988年5月13日、チェットはオランダアムステルダムのホテルの窓から転落して死亡した。

その日以来、僕を仕事に行かせなくなる程のミュージシャンは現れていない。


2017/04/24

I Tsuredaso music to town!

SONYのウォークマンが発売されたのが1979年。
「音楽を街へ連れ出そう」がコンセプトの画期的な商品だった。
FMラジオの音楽番組を録音するエアチェックや、レンタルレコード屋が盛況を極め始めたカセットテープの時代だ。

僕もご多分に洩れず入手したが、使ったのは最初の数週間。
街でステレオ音源が聴ける!という驚きも、たったそれだけの刺激でしかなかったのだ。

ミュージシャンらしくないが、基本的に僕は外で音楽を聴かない。
イヤホンを耳に街を歩く事をしないし、車移動でさえカースレテオを使わない事が多い。
そう、音楽よりも街の音が好きなのだ。

街には様々な音が溢れている。
人の話し声、自転車のブレーキ音、車のクラクション、若い女性たちの嬌声。
ビルの谷間を吹き抜けていく風の音、その風にざわめく街路樹の葉。
僕はそんな雑多な音をこよなく愛している。


2017/04/18

ONIHEI

アニメの「鬼平犯科帳」を観てみた。
これは僕の知っている鬼平ではない。
が、悪くはない。

賛否両論はあるだろうと思う。
正月2日に将軍にお目見出来る立場の旗本である平蔵が月代もないなんてどうよ!って話なのだが、そこはそれ、新しい解釈があってもいいのかなと思うのだ。

僕が知っている鬼平は、コミックならさいとうたかお。
時代劇ならやはり中村吉右衛門だ。
特に吉右衛門の鬼平は原作の鬼平を最も具現化出来ているような気がする。

だがこのアニメの鬼平が原作のイメージからは程遠いのは前述のとおり。
まず見た目が若い。
髪はロン毛のくせ毛。
細身で華奢な体つき。
一見しただけでは「誰だよ!」となるのは当然。

しかしやがてそれも気にならなくなってくる。
不思議と違和感なく観られるのだ。

ただひとつ不満なのが、「食」に関する解釈が殆どないこと。
池波文学は「食」が重要なファクターとなっているのは周知のとおり。
池波氏ご自身も、「僕は食で季節感を出す」と折に付け書かれているが、このアニメではそういうシーンは殆ど無い。
時に「五鉄」で軍鶏鍋を突付くシーンがある程度か。

その分、違うアプローチで季節感を出しているのはお見事。
鬼平と相模の彦十が五鉄で酒を酌み交わすシーン。
傍らの角行灯の中には一匹の夏の蛾が入り込んでいる。
彦十の背に映るその蛾の影が、決して嬉しくはないその夜のふたりの会話を見事に表現していた。

そしてもうひとつ特筆すべきは江戸の街のその風景描写だ。
これはため息が出るほど美しい。
長屋の風景では長屋の真ん中を通る、生活排水を流す溝さえちゃんと描かれていたのには驚かされた。

アニメ版の鬼平。
何度も言うが、決して悪くはない。

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2017/04/10

Rainy Day

雨は優しい。
憎しみや怒りも
しずかに静かに包み込んでくれる。

醜い嫉妬心や羨望
そんなものさえも包み込む。

ひとり
雨音を聴いていると

「大丈夫だよ」

そう言ってくれているような気がする。